熱意こそ人を動かす オークファン 武永修一代表取締役(第4話)

決意の言葉でオークファンを手にする

──2004年株式会社デファクトスタンダードで失敗を経験された(第3話)後、オークファンのサイトを買収されています。なぜ、そのような困難な中でもオークファンを買収できたのでしょうか。

オークファン(注:ショッピングの商品・価格情報の比較分析事業)は、当時は「オークション統計ページ(仮)」という名前でした。現・DeNA取締役最高技術責任者の川崎さんが東大大学院在学中に個人で開発されたWebサービスで、この事業を川崎さんから譲っていただけたことが、私の経営人生のターニングポイントとなりました。

当時のオークファンのアクセス数は、月70万UUぐらい。コアな転売業者やリサイクルショップが買取価格や販売価格を調べるのに使っていました。ネットバブル時代でしたので、このくらいのトランザクションのサイトであってもかなり高額な値段がついていました。

私以外にもこの事業を買収したいと名乗りをあげる大手企業が2社あって、コンペになりました。会社対会社対個人ですね。

正直、「いくら払えるか」という金額では勝ち目がありません。

私は、「お金はありませんが、場合によってはVCから引っ張ってきます。川崎さんのサイトを買うためだけに資金調達したい。私はこのサイトを4〜5年ほど愛用してきたので、アイデアリストが200個ぐらいあります。きっとこれをやっていけば、業者版、売り手専門の『価格.com』のようなサービスができると思います。ぜひやらせてください」と伝えました。

すると、最初は怪訝な顔をされた川崎さんに最終的には選んでもらえたのです。

「どうせ売るのだったら、大手に買われて社員任せになるよりも、『人生賭けてやります』と言っている人間に任せたい」と思ってもらえたようです。

結果的に、サイトを売っていただくことができました。

当時は周囲から「その価格は高いよ。単なる相場サイトを、相場以上で買ってしまったね」と指摘されることもありました。それでも、自分がこれまで長年使ってきたツールという思い入れもあり、「直観」も働いた結果でしたので、何とかできると思いました。

このサイトを通じてもっと多様な商品の売買が活性化すればいいなと思っていましたし、不要になったものを必要な人へ届けるオークションの仕組み自体に魅力を感じていたのです。

起業家として必要な素養を、「キャラクター」「志」「直観」とお伝えしました(第1話)が、今考えれば、オークファン買収時はまさにその3つの素養が生きた瞬間でした。

まず、私の「プログラミングはできませんが、ユーザー目線で頑張ります!」という熱っぽい「キャラクター」。

そして、「オークファンを大きなものにして、世の中の人が普通に売り買いで使うツールにしたい」という「志」。

最後に、「このタイミングしかない」という「直観」。

全てが揃った瞬間だったのです。

手元にお金がないから調達して買うという決意で、川崎さんは「面白いから、武永に売りたい」と思ってくれたのではないかと思います。

起死回生の一手

──買収されたオークファンをどのように成長させていったのでしょうか。

大きかったのはユーザー向けの課金サービスを早期に開始したことです。

2008年当時、ほとんどのWebサービスがユーザー向けの課金を行っていませんでした。

私が記憶している限り、ユーザー向けの課金を導入していたのは、Yahoo!プレミアム会員、ニコニコ動画、mixiくらいでした。その後は有名なクックパッドがでてきました。

それぐらいしかない中で、ユーザーに対する課金に踏み切ることに対して、「本当に大丈夫?」という心配の声もありました。しかし、私は自分が転売業者をやってきたので、情報がお金になるという確信がありました。

サイトのつくり方として、全て有料にするとサイトが先細ってしまうので、「ここから先は有料です」というように、買い手には無料部分、売り手には有料部分を提供しようと考えました。副業や起業したい方にはスクール事業。これらが、遅ればせながら収益として結びついていったわけです。

倒産危機の窮地に立つ

──うまくいったように見えたオークファンの事業。2008年に倒産の危機に遭われたということですが、その原因は何だったのでしょうか。

1つ目は、私が技術面について無知だったことが原因です。とりあえず、エンジニアを4〜5人を雇えばなんとかなるだろうと思って採用したのですが、私が技術面に疎かったこともあり全く機能しませんでした。

また、インフラについても、知恵を使わずに、知人紹介の高いデータセンターと契約した時期もありました。設立半年ほどで、あっという間に月1,000万円ほどのキャッシュがなくなっていきました。

今考えれば、自分がプログラミング教室に3ヵ月ほど参加すれば、これは防げていたと思います(苦笑)。

2つ目は、相談できるナンバー2がいなかったことです。前の会社ではいたのですが、会社を分割したタイミングでリサイクル事業(現デファクトスタンダード社)に残りました。相談できるナンバー2がエンジニアだったとしたら、1つ目の私の無知による失敗も回避でき、うまくいったでしょう。私の知識や経験の不足を補える相棒がいませんでした。

3つ目は、人事・組織についても無知だったということです。全員を私が見ようという形にしたことがよくありませんでした。当時から、引きは強かったので「君はおもしろそうだから、君の会社を助けたい」と言ってもらえて、優秀な人が一旦は入社してくれることが多かったのです。

しかし、メガベンチャーの偉いポジションからきた人からすると、入社してみたら、組織もないし評価制度もない。給料も上がらないという不満を抱え辞めてしまう。

能力の高い人を採用できていたので、今も残ってもらえていれば相当な力になってくれていたのに、と自分に残念です。優秀な人を引きつける力はあっても、仕事のやりがいや社内で活躍してもらえる環境をつくることができていなかった。これは大きな問題でした。

この3つの要因で、感覚値ではありますが2年間回り道をし、2億円くらいの無駄な損失はあったのではないかと思っています。こうして、私は自ら大ピンチを迎えるわけです。

 

>第5話「競争に勝てる強い事業と組織を作るためには 」に続く

>第3話「困難なときこそ成功に続く糸を手繰り寄せる」に戻る

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DIMENSION 編集長

DIMENSION 編集長

「人・事業・組織に向き合い、まっすぐな志が報われる社会を創る」をミッションに、真摯に経営に向き合う起業家に創業期から出資し、事業拡大・上場を支援する国内ベンチャーキャピタル。

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