第一人者が語る、日本のベンチャーに課せられた使命とは 慶應義塾大学 國領二郎教授(第4話)

IT社会を突き動かす「自律的な小ユニット」

――起業家の持つ使命というか、起業家はこの社会においてどういう役割を果たすと思われますか?

私は初めからベンチャーを推していたわけではなくて、大手企業だろうが中小企業だろうが情報化・IT化が進展すればいいなと考えていました。

ただ、IT関連のビジネスを見れば見るほど大企業向きではないんだなと感じたんですよね。小さな会社がスピーディーに色んなことを試行錯誤していく中から、良いものだけが選りすぐられて生き残っていくんだな、ということを痛感したんです

その現象からわかるように、ITの本質というか凄さというのは「創発」という言葉にあるように、多彩な人がコラボできる空間を作ることで予期しなかった新しい価値がどんどん生み出されるところだと思うんです。

たとえば、ある日突然誰かがApp Storeに奇抜なアプリを出してきて、それがあっという間に普及し、そのアプリと連動する別のアプリが出てきて、お互いにどんどん価値を高め合う、みたいな。まさに創発現象ですよね。

それがITの本質であると考えた時に、大企業のように「あらかじめ計画を立てて、この利便性を提供するためにこれとこれを準備して、計画通りに粛々と開発する」ことはITにはそぐわないと思ったんです。

なので、創発的なモデルをきっちりと動かしていこうと思うと、自律的に動く小ユニットのような存在が必要で、そのためにはベンチャーを育てることが重要だと考えたわけです。

 

――凄い先見の明だと思います。「小ユニットがスピーディに動いて創発現象を起こしていくのがいい」と考えた直接のきっかけは、何かあったんでしょうか?

その頃はまだWindows95が出る前くらいで、Microsoftもベンチャーと呼ばれていたような時期です。

 

――本当に黎明期ですね。

そうですね。IBMなどの大企業がちっちゃな会社に振り回される、ということが起こり始めた時期だったので、これは凄いことだなって思ったのがきっかけかもしれません。

「なぜそれが起こってるんだろう?」「この現象はこれからどのようなことを起こす可能性があるんだろう?」と、先ほど言ったように(第3話リンク「科学的に」一歩引いて考えていました。

日本は当時は本当に大企業主導の世界でしたが、イノベーションが大企業から出てくるとばかり思っていると、この国は立ち行かなくなるだろう。そういう考えのもとに「日本でもベンチャー育成をもっと頑張ろうよ」と言い始めたのが1990年代半ばくらいですね。

 

日本流・ベンチャーエコシステムの分岐点

――米国などと比べると日本のベンチャー育成エコシステムはまだまだ、と感じますが、追いつくにはそれ相応の時間が必要ということでしょうか?

凄くよく覚えている出来事があって、阪神・淡路大震災(1995年)のあとにベンチャーとNPOが一斉に活性化したんですよ。プロフィットとノンプロフィットって相反しているように見えますけれど、両方とも自発的なものだという点では似ているんですよね。

で、そのあとにシリコンバレー式のベンチャーエコシステムモデルを作ろうという運動があったんですけど、その時にシリコンバレーのベンチャー育成に長年携わっていたスタンフォード大学のミラー先生という方をお招きして、お話を伺ったんです。僕も大学人なので、大学を核としながら「どうやればいいんですか?」と質問したら、色々教えてくださったうえで「でも、これ、30年かかるよ」って言われたんですよ。

 

――30年ですか!

「僕ら、1960年くらいからやっていて、やっとここまで来たんだよ」って。

その時に「30年かかるよ」と言われたことをやり始めて、いまようやく20年経ったところなんです。20年前に比べるとだいぶマシですけど、やっぱり遅れてますよね。特にここ10年くらいのシリコンバレーの進展があまりに急激なので、ギャップはむしろ広がっています。

追いつくためには、日本なりのやり方を編み出していく、そんな時期に差し掛かっていると思いますね。

 

――起業家が出現し、成功事例が生まれ、それを受けてまた新たな起業家がどんどん出てくる……。決して慌てることなく、素養を育んでいく。長い道のりですね。

最近つくづくミラー先生のおっしゃっていたことが分かるようになってきたんですけど、やっぱりベンチャーエコシステムには人脈やネットワーク、蓄積がなきゃ駄目なんですよね。加えて、上の人、つまり起業家として成功した人が、これからスタートアップを立ち上げようとする後輩に「お前、頑張れよ」と活を入れていく。この流れがようやく回り出したなーと思ったのが3、4年くらい前です。

学生のような若い子に慌てるなと言ってもなかなか伝わりにくいものですが、長年このエコシステムの変遷を見てきた私としては、ブームがあろうと決して慌てることなく、タイミングが来たときに自然に実行できるだけの最低限のスキルはつけておこうね、と意識して伝えています。学校の先生にできることはそういうことだと思っていますね。

 

 

>第5話「世界で飛躍するために相手の『アキレス腱』を見極めよ」に続く

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著者 小縣 拓馬

著者 小縣 拓馬

起業家向けメディア「ベンチャーナビ」 編集長。玩具会社のタカラトミーを経てDIに参画。ビジネスプロデューサーとして、主に国内ベンチャーへの投資・事業支援・戦略立案を担当。     ~「More than Meets the Eye」 これは玩具会社時代に担当していたトランスフォーマーというシリーズの代表的なコピーです。見た目だけではわからない、物事の本質に焦点を当てること。そんな想いで記事を提供していきたいと思っています。~

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